「君の波が聞こえる」(乾ルカ)①

作品において異世界は単なる舞台設定

「君の波が聞こえる」(乾ルカ)
 新潮文庫

海に浮かぶ謎の城に迷い込んだ
中学生・健太郎。
城の中には同じように
囚われた人々が暮らしていた。
彼はそこで暗い目をした
少年・貴希と出会う。
門番は、城から出て
元の世界に戻るには
「出城料」が必要だと言う。
「出城料」とは何か…。

いわゆる異世界からの脱出ものです。
よくあるストーリーのように思えますが
決してそうではありません。
設定が斬新なのです。

出ようと思っても出られない
結界みたいなものがあること、
出城料としてある「もの」を
門番が取り上げること、
その2点のみ「魔法がらみ」の設定です。
この点ではやはり「異世界」です。
しかしあとは極めて現実的なのです。
城は謎の電力会社の発電所であり、
拉致された人間は
そこで働く労働者にさせられる。
1日に4回流れる「社歌」に潜ませた
旋律によって洗脳されていく。
どうも国家が共謀して
城の在処が秘密にされているらしい。
この点ではむしろ「現実の裏世界」として
実際にありそうにも思えます。

「異世界」と「現実の裏世界」が融合した、
謎に満ちた空間。
それでいて出城料以外の謎は
一切解き明かされないまま
結末を迎えます。
謎解きを期待して読み進めると、
完全に肩すかしを食らって
もやもやしたまま欲求不満で
読み終えるでしょう
(近年の異世界ものは
謎を解明しないものが多いのは
どうしたことか?)。

では、読みどころはどこか。
それは健太郎と貴希の
美しくもはかない友情なのです。
この作品において異世界は
単なる舞台設定に過ぎません。
この2人の友情のみに焦点を絞って
書き上げられた作品なのです。

吃音に悩み、周囲に溶け込めず、
劣等感疎外感を抱いている健太郎。
親の育児放棄により、
世の中の何も信用できなくなった貴希。
現実世界に居場所がない2人が、
この奇妙な城の中で
お互いにかけがえのない存在に
なっていくのです。
自分を理解してくれる人間は、
必ずどこかにいる。
そう信じさせてくれる読後感を
味わえます。

いい作家を見つけてしまいました。
多分、若い人たちは
とうに注目してるのでしょうけど。
この年になるとなかなか新しい作家に
踏み込めないのです。
書いている日本語がゆるすぎて
読んでいて辛くなるからです。
その点、この
乾ルカなる作家の書く文章は
決して軽くありません。
中学生の男の子に薦めたい一冊です。

(2019.12.6)

StayquietによるPixabayからの画像

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